スタートアップと大企業の協業を成功させる方法:両者の視点から学ぶ5つの教訓
Pangaeaは以前、スタートアップと大企業の協業に関する3つのルールという記事をリリースしました。これは、Pangaeaがベンチャーキャピタルとして大企業やスタートアップの創業者たちとの会話、協業機会を繋ぐ中で繰り返し見えてきた傾向をまとめたものとなります。今回の内容がその記事と似ていると部分があるかと思います。この記事が類似しているのは偶然ではなく、この内容自体が如何に重要であるかということの表れであり、今回は世界最大の接着剤メーカーであるHenkel社の元CTO兼イノベーション責任者であるマイケル・トッド氏から共有された内容となります。
Pangaeaは今回、マイケル氏をお迎えしてLP限定のウェビナーを開催し、Henkel社でのイノベーション活動で経験した重要な学びの数々を共有して頂きました。マイケル氏は、多くのコーポレートベンチャーの責任者とは異なるキャリアを辿っており、まずスタートアップ側として早期開発段階の技術を大企業が如何にして協業を走らせてくれるか模索することからスタートし、その後は逆の立場で、Henkel社がどのスタートアップにBetするべきかを判断する側で長年キャリアを過ごしました。スタートアップ側からも、そして大企業側からも見てきたこの視点こそが、彼の見解を非常に価値あるものにしている理由の一つです。
両方の立場を知る人物
マイケル氏は、新技術と新規事業創出の両側に立った経験を持っています。キャリアの初期には、Toronaga Technologies社というスタートアップでリード技術者として働いていました。同社は、マイクロエレクトロニクスやPCB製造向けの鉛フリー銅ベース導電性ペーストおよび焼結インクを専門としていました。そこで彼が学んだのは、ハードテック系のスタートアップにとって資金調達が必ずしも最大の課題ではないということでした。むしろ、未実証の技術を実証してくれる本格量産に踏み込んでくれる顧客を見つけることの方が難しいのです。Toronaga社は最終的に競合企業との協業を通じてその道を見出し、その企業が後に同社の技術を買収することになりました。
その後、マイケル氏はHenkel社で長年にわたりコーポレートベンチャーおよび外部イノベーション部門を立ち上げ運営に至りました。当初は純粋な技術主導のR&D活動として始まり、ファンド投資から直接投資、共同開発契約、商業契約、そして最終的には技術そのものの買収へと発展していきました。
スタートアップの創業者からコーポレートイノベーションの責任者へ、という幅広い経験こそがマイケル氏の知見をこれほど的確なものにしている理由の一つです。以下は、マイケル氏との対話から得られた、特に重要な5つの教訓です。
1. 協業を先に、資金は後から。
マイケル氏が若い頃の自分に伝えたい最大のアドバイスは、まず技術的な協業を先行させ、それに応じて資金の流れを決めるべきだということでした。逆であってはいけません。多くの大企業まず資金を出し、その後で協業の方法を考えるという逆の順序で行います。彼の経験では、資金はすでに進行中の協業を後押しする形で創造的に使われた時こそ、最大の効果を発揮します。例えば、設備投資の一部を担う、テイク・オア・ペイ契約を組むといった使い方です。最初の一手として投資は最善の手とは言えないかもしれません。
2. 株式投資は技術へのアクセスを保証しない。
スタートアップの株式を持つということは、所有権を得ることでありその技術を使う権利を得ることではありません。本当の目的が、自社にない能力を手に入れることであるならば、株式だけではそこに到達できません。この気づきが、Henkel社を共同開発契約、商業契約、ライセンス契約へと向かわせました。これらは実際に使用できる権利を付与する仕組みであり、キャップテーブル上の立場だけで協業が生まれることを期待するものではありません。
3. 事業部門を早期に巻き込み、彼らに主導させる。
大企業が協業を試みる際、最初のアプローチはしばしば失敗に終わります。本社がスタートアップに投資を決め、それを事業部門に「これをどう活用するか考えてほしい」と丸投げしてしまうケースです。これは上手くいきません。効果的なのは、スタートアップとの話がまだ何も進んでいない段階から事業部門を関与させ、機会について共に仮説を立て、事業部門自身にその適合性を判断させることです。事業部門が押し付けられたのではなく、自ら望んで協業を前に進めようとする時、初めてスポンサーが生まれ、協業が定着する可能性が高まります。
4. 自社が競合になっている場合を正確に見極め、中間の立場を取らない。
マイケル氏は、補完的あるいは破壊的な技術だと思っていたスタートアップが、実際には自社と直接的に競合する存在だったという匿名のエピソードをいくつか共有してくれました。彼の判断基準はシンプルです。自社に、そのスタートアップと同じ目的を持つステージゲート型のR&Dプロジェクトが既に存在しているかどうか。答えがイエスであれば、オブザーバー席付きの少数株式投資は誰の得にもなりません。情報はどちらの方向にも流れず、双方とも対話する意欲を持たず、結果として実際には協業できない企業の株式だけが残ります。彼の考えでは、どちらかに決めるべきです。全面的に踏み込む(買収する、または実質的なライセンスや商業契約を結ぶ)か、まったく関わらないか。静かに距離を置いた競合投資という中間的な立場は機能しません。
5. 財務的なリターンだけでなく、先行指標を追う。
財務的なROIは表れるまでに何年もかかる遅行指標であり、大企業がベンチャーポートフォリオを持つ本来の目的が、ファンド型のリターンではなく技術へのアクセスであるならば、そもそも正しい目標とは言えません。マイケル氏は、より先行的な指標を重視することを推奨しています。例えば、協業パートナーに紐づくCRM上の商談の件数と価値、成立している共同開発契約や商業契約の件数、そしてそれらの協業に紐づく取引が、自社開発技術と比較してどの程度成約に至っているか、といった指標です。目的が能力の獲得であるならば、すでに確定した成果だけでなく、その能力が生み出しているパイプライン全体の活動量を測るべきです。
スタートアップへの一言
マイケル氏のアドバイスは大企業だけに向けたものではありません。有名企業とのパートナーシップを追い求めるスタートアップに対しては、彼は率直にこう伝えています。自分たちが相手にとって最優先事項だとは思わないこと。株式が絡む協業であっても、数十億ドル規模の企業のポートフォリオの中では非常に小さな項目にすぎず、ほとんど前触れなく優先順位を下げられることもあります。彼のアドバイスは、大きな相手に期待を寄せるのは構わないが、すべてを一つの相手に賭けてはいけない、というものです。他のパートナーも探し、そして本当の協業とはタームシートだけで終わるものではないということを忘れないでください。大企業が提供できる最も価値ある支援は、資金だけとは限りません。エンジニアの派遣、規制対応や法務面での支援、新しい市場への道を開く手助けなど、スタートアップが自社内には持っていないことが多いこうした基盤への アクセスは、時に資金そのものよりも大きな価値を持ちます。
まとめ
マイケル氏の経験は、二つの異なる視点を併せ持つという稀有な強みを持っており、それこそが私たちが彼のアドバイスをこれほど重視する理由です。彼は、顧客を追い求めるスタートアップの内側からこうした失敗が取引を潰していく様子を目にし、そして自らもコーポレートイノベーションの予算を扱う側で同様の過ちをいくつか経験してきました。これは稀有な種類の説得力であり、そのアドバイスそのものにも表れています。協業を先に据えること、株式が保証するものとしないものを理解すること、事業部門を早期に巻き込むこと、自社が競合となっている場合を正確に見極めること、そして遅行指標だけでなく成功を予測する指標を測ることです。